8月の PICK UP MOVIE !『よみがえる声』“差別の記録を掘り起こし 未来を切りひらく”(文:田村志津枝)
差別の記録を掘り起こし 未来を切りひらく
朴壽南(パク・スナム)監督は、1935年生まれの在日朝鮮人2世。長年にわたって、ペンで、録音で、カメラで在日朝鮮人および植民地統治下での朝鮮半島の人々の苦難を記録してきた。10数年前に彼女が脳梗塞で倒れたとき、本作の共同監督である娘の朴麻衣(パク・マイ)は、母が30年以上にわたって撮りためてきた10万フィート(約50時間分)におよぶ16ミリフィルムの復元を決心したという。
そこからは、被爆者、従軍慰安婦、徴用工などなど、植民地政策で虐げられた人々本人の生々しい声が、言葉にならない苛酷な体験の記憶が、よみがえる。そうした貴重な記録を元に本作は生まれた。
パク・スナム監督の記録活動の原点になったのは、1958年の小松川事件だと思われる。加害者は18歳の在日朝鮮人2世の少年だった。文化や言葉を奪われ、日本社会から向けられる憎悪や差別に耐え切れずに朝鮮人であることを隠そうとした経験は、パク・スナムにも覚えがあった。彼女は、少年と膨大な数の手紙をやり取りする。少年が朝鮮人としての自分を取り戻し、誇りを持って生きて自分の罪に向き合えるようにと励まし続けた。それは少年が死刑執行された後に書簡集『罪と死と愛と』として出版され、ベストセラーになり注目を集めた。本作で語られる、この事件の加害者家族と被害者家族の交流には心を揺さぶられる。パク・スナムはここからさらに、歴史から学ぶために記録を残す意思を固めたのだろう。
在日朝鮮人1世の聞き取りを進めるうちに、パク・スナムは、彼らの言葉にならない感情や体験の重みを記録するため、映像を撮り始めた。その活動は朝鮮半島へ、沖縄へと広がっていく。フィルムには、まさに実体験者でなければ語れない事実や思いが込められ、植民地統治が人の一生や心に、いかに深刻な傷を負わせるのかが滲み出る。
簡単には話せない辛い体験を、彼らが心の底から絞り出すように語ってくれたのは、なぜだろうか。それはパク・スナム自身が、それらを聞き出すにふさわしい生き方をしてきたからにほかならないだろう。彼女が生涯をかけて集めた記録を見直し、母娘が意見をぶつけ合いつつ歴史から学ぼうとする緊張感が、全篇にみなぎっている。過去の出来事は、無かったことにはできない。過去を知り未来を拓くとはどういうことか、深く考えさせられる秀作だ。
『よみがえる声』
[2025年/日本・韓国/日本語・英語・韓国語/16:9/5.1ch/148分]
監督:朴壽南(パク・スナム)、朴麻衣(パク・マイ)
助監督:佐藤千紘
撮影:大津幸四郎、星野欣一、照屋真治、朴麻衣、金稔万、キム・ミョンユン
編集・プロデューサー:朴麻衣、ムン・ジョンヒョン
フィルム復元協力:安井喜雄
配給:『よみがえる声』上映委員会、朴麻衣
©2025朴壽南
田村志津枝
ノンフィクション作家。一方で大学時代から自主上映や映画制作などに関わってきた。1977年にファスビンダーやヴェンダースなどのニュー・ジャーマン・シネマを日本に初めて輸入、上映。1983年からホウ・シャオシェンやエドワード・ヤンなどの台湾ニューシネマ作品を日本に紹介し、その後の普及への道を開いた。
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8月の PICK UP MOVIE !『よみがえる声』“差別の記録を掘り起こし 未来を切りひらく”(文:田村志津枝)
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『よみがえる声』
