9月の PICK UP MOVIE !『左利きの少女』“いかがわしく、優しく、真摯な、彼ら”(文:田村志津枝)
いかがわしく、優しく、真摯な、彼ら
台湾の夜市には、不思議な魅力がある。猥雑さと、豊かさ、そして反面、貧しさや、寂しさ。人間の食や生活をことごとく投げ込んだような雑然としたなかに、ささやかな愛おしい人間の営みが感じられる。この作品の主な舞台はその夜市だ。
台東から台北へ、母と2人の娘の一家が戻ってくる。どうやらいろんな問題を抱え、経済的にも追い詰められているようだ。あざやかな色彩と闇が交錯する画面、ちょっと不安定な構図が作品全体の雰囲気をうまく醸し出している。
台北に着くや、母親は夜市で麺屋台を始めることを決め、末娘イージンは幼稚園へ入れられる。送迎するのは乱暴にバイクを飛ばす、ハイティーンの姉イーアンだ。イージンはたった5歳だが、新しい生活に尻込みすることなど許されない。べそもかかずに幼稚園に溶け込み、帰れば母の麺店の片隅で過ごし、店の手伝いまでやってのける。子供らしさをたっぷり持つ一方で、大人の世界のゴチャゴチャを黙って見つめるイージンの視線こそが、この作品の秀逸な語り手と言えるだろう。この子役、見事なまでのはまり役だ。
イージンは、左利きだ。絵を描くのが好きだ。だが祖父は左利きを忌み嫌い、左手を使うな、左手は悪魔の手だと戒める。ありのままの自分でいることを禁じられ、皆と同じにすることを強いられたイージンの、幼いながらの苦悩が、取り繕った世間体の裏に張り付いた偽りを一つずつあばく引き金になり、思わぬ真実が露見していく。
この家族には過去の不運、そこから派生した問題がまつわりついているようだ。母親の元夫が死の床にある。母親は娘のイーアンに辛辣に非難されても、家族をひどい目に遭わせた元夫を見捨てられない。それぞれが片づけられずに引きずっている問題が、意表を突く展開で露わにされていく。欲をむき出しにした怒鳴りあいから、思わぬ真実が垣間見える。相次いだ苦難は、真摯な心を保とうとするがゆえだったかも知れない。いかがわしさのすぐ隣には優しさや生真面目さがある。それがしみじみと伝わってくる。
彼女たちは、世間からどう思われようと、それぞれが納得いく生き方を探りつつ今日も生きる。重たいエピソードが語られるのに、どこかほのぼのと温かく、希望さえ感じられるのはなぜだろう。今日もイージンは、薄暗い路地裏を、店がぎっしり並ぶ喧騒のなかを、一人でとことこと歩き回る。そんなイージンを見ていてくれる大人たちが、あそこにもここにもいそうだ。
『左利きの少女』
[2025年/台湾・フランス・アメリカ・イギリス/中国語/スコープ/5.1ch/108分]G
監督:ツォウ・シーチン
脚本:ツォウ・シーチン、ショーン・ベイカー
製作・編集:ショーン・ベイカー
出演:ニーナ・イエ、マー・シーユエン、ジャネル・ツァイ
英題:LEFT-HANDED GIRL
配給:スターキャットアルバトロス・フィルム
©2025 LEFT-HANDED GIRL FILM PRODUCTION COMPANY LIMITED. ALL RIGHTS RESERVED.
田村志津枝
ノンフィクション作家。一方で大学時代から自主上映や映画制作などに関わってきた。1977年にファスビンダーやヴェンダースなどのニュー・ジャーマン・シネマを日本に初めて輸入、上映。1983年からホウ・シャオシェンやエドワード・ヤンなどの台湾ニューシネマ作品を日本に紹介し、その後の普及への道を開いた。
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9月の PICK UP MOVIE !『左利きの少女』“いかがわしく、優しく、真摯な、彼ら”(文:田村志津枝)
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『左利きの少女』
