6月の PICK UP MOVIE !『霧のごとく』“白色テロの時代を 人々はこんなふうに生き延びた”(文:田村志津枝)
白色テロの時代を 人々はこんなふうに生き延びた
1953年の台湾。嘉義県の農村に住む13歳の少女阿月は、サトウキビ畑に潜んでいる兄の元に食べ物を運ぶ。兄は反政府分子とみなされ、警察に追われている。葉陰でひっそり食事をしながらの語らいの中で、兄は阿月に「希望を持て、勇気を持て」と教えてくれた。「一人の力は一粒の雫のように小さい、だが何もしなければ世界は変わらない」と。
その兄が捕まってしまい、のちに銃殺されたとの知らせが届く。兄の遺体を引き取るには多額の金が要る。だが阿月は、兄を連れ帰りたいとの一途な思いで、一人で台北の斎場へと向かう。身に余る重荷を背負った阿月が、それでも好奇心いっぱいで周囲をみつめる表情には、芯の強さと一点の明かるさが感じられ胸を撃たれる。
見るからに純朴な阿月は、たちまち騙されて身売りされそうになる。助けてくれたのは輪タク車夫の趙公道だ。広東省出身の彼は、成り行きで国民党軍に加わり、遠い台湾まで来てしまった。彼は上官が教えてくれた台湾語を下手ながら操り、阿月は学校で教わったわずかな標準中国語も交えて、二人は互いの事情を話す。慣れぬ土地で苦労している趙公道は、しだいに阿月を放っておけなくなる。
当時は国民党政権による激しい弾圧、白色テロが横行していた時代だ。共産党との内戦に敗れて大陸から台湾へ撤退した国民党政府は、1949年に戒厳令を敷き、共産主義や台湾独立の動きを厳しく取締った。無実の人が逮捕され、阿月の兄のように銃殺刑に処された人も少なくない。下級兵士だったに過ぎない趙公道さえも、大陸の共産主義者とのつながりを疑われ連行されてしまう。
この作品の大部分は、阿月が故郷の村から台北に向かい、ついに兄の遺体を引き取るまでのたった二日間の物語だ。だがそこには、戦後の混乱を経て残虐な強権支配の下に投げ込まれた人々のエピソードが、濃密に詰め込まれている。めくるめくように次々に起きる事件が、物哀しくもユーモラスに、スリリングに語られていく。いささか荒唐無稽な話にもつい引き込まれてしまうのは、手練れのチェン・ユーシュン監督ならではの緻密な画面作りのせいだろう。
それらが全体としては、あの暗黒の時代の世相を語り、そのなかで小さな希望を探り続けた台湾の人々を語っている。あれから50年後の2004年、自由と民主を手にした人々が暮らす台北で、阿月と趙公道が偶然再会するエピソードは、台湾の人々の長くしたたかな闘いに思いを致させる。阿月の兄が遺していった二滴の雫の物語、霧や雲の物語は、宇宙や人類の規模にまで視野を広げさせる。日々の暮らしのささやかな出来事を積み重ねて、大きく広い世界を描き出した秀作だ。
『霧のごとく』
[2025年/台湾/カラー/134分]
監督・脚本:チェン・ユーシュン
出演:ケイトリン・ファン、ウィル・オー、9m88、ツェン・ジンホア、リウ・グァンティン、ビビアン・ソン
原題:大濛
配給:JAIHO/Stranger
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田村志津枝
ノンフィクション作家。一方で大学時代から自主上映や映画制作などに関わってきた。1977年にファスビンダーやヴェンダースなどのニュー・ジャーマン・シネマを日本に初めて輸入、上映。1983年からホウ・シャオシェンやエドワード・ヤンなどの台湾ニューシネマ作品を日本に紹介し、その後の普及への道を開いた。
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6月の PICK UP MOVIE !『霧のごとく』“白色テロの時代を 人々はこんなふうに生き延びた”(文:田村志津枝)
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『霧のごとく』
