6月の PICK UP MOVIE !『秋が来るとき』 “秘密を抱いて 生き延びていく”

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秘密を抱いて 生き延びていく

 フランスのブルゴーニュの秋。田園や丘陵がつらなり、木々が色づいていく美しい風景の中でこの物語は始まる。
 ミシェルは80歳。飾り気のない服装や所作のはしばしから、積み重ねてきた時間の厚みがふと偲ばれる。老年の寂しさや拠り所なさをさりげなく引き出す演出が見事だ。ミシェルは庭に続く菜園で野菜をつくり、親友のマリ=クロードと森に出かけてキノコ狩りをしたりする。
 そんなミシェルのもとに、娘のヴァレリーが孫のルカをつれてパリから休暇を過ごしにやってくるという。ミシェルは浮き浮きと料理をして二人を迎える。だが到着するなり娘は険悪な雰囲気だ。夫との揉め事もあるらしいが、彼女のとげとげしさはどうやら母親の過去に向けられているふうだ。娘ヴァレリーの憎悪をさらに掻き立てたのが、ミシェルの心づくしのキノコ料理だった。ヴァレリーは毒キノコで中毒を起こし、そのため母に対する感情は一層悪化してしまった。
 一方、親友のマリ=クロードは、収監されている息子ヴァンサンの面会に通い、何とか釈放にこぎつけた。彼女がふともらす息子への思いもまた、過去への深い悔恨が込められているようだ。いったい親友の二人に何があったのだろう。
 とは言え、若い頃ヤンチャをしたというヴァンサンは心優しい人だ。しかもその反面の、何かをしでかしそうな危うさを抱えた魅力も、巧みに表現している。ヴァンサンはミシェルを何かと気遣ってくれるが、そのせいでヴァレリーの身に思わぬ悲劇を招いてしまう。
 不運な目に遭ったとき、人は互いに深層心理に潜む不穏な一面を、のぞき込まずにはいられなくなるだろう。複雑で理不尽な感情の動きを、オゾン監督は緊張感のある描写で分かりやすく描いていく。それぞれが胸に秘めた思いがある。少年のルカさえも、黙って秘密を呑み込む。とりわけミシェルとヴァレリーの幽霊とのやり取りには、深い意味が込められていそうだ。心の内は言葉などで言い尽くせるものではない。曖昧な、言葉にできない思いを、二人は幽霊になってでも会って分かち合おうとしたのか。人はときに、どんな秘密を胸に抱えてでも、強く生き延びることを選ぶ方がいい。そんな静かな励ましが作品全体から感じ取れるような気がする。

田村志津枝
ノンフィクション作家。一方で大学時代から自主上映や映画制作などに関わってきた。1977年にファスビンダーやヴェンダースなどのニュー・ジャーマン・シネマを日本に初めて輸入、上映。1983年からホウ・シャオシェンやエドワード・ヤンなどの台湾ニューシネマ作品を日本に紹介し、その後の普及への道を開いた。

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6月の PICK UP MOVIE !『秋が来るとき』 “秘密を抱いて 生き延びていく”

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『秋が来るとき』

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