1938年、アルジェリアの首都アルジェに生まれ。幼い頃から映画に魅せられ、20歳で13分の初の短編『消された太陽』(1958)を監督。アルジェリア戦争下の1960年、パリへ移住。ピエール・ブロンベルジェの支援を受けて短編を数本手がけるなか、『Au biseau des baisers』(1959)がジャン=ピエール・メルヴィルの目に留まり、初の長編『海辺の恋』(1963)へと結実した。製作に3年を費やしたこの自伝的作品は、ロカルノ映画祭で批評家賞を受賞し、静かな注目を集める。撮影中に出会った俳優パトリック・ジョアネは、以後の人生と創作において、かけがえのない存在となる。長編第2作目『オー・パン・クペ』(1967)は、脚本に心を打たれたマーシャ・メリルが自ら製作会社を設立し完成。マルグリット・デュラスが「映画においてかつてなかった愛の表現」と絶賛した。第3作『地上の輝き』(1969)はイエール映画祭グランプリ、第4作『反復される不在』(1972)はジャン・ヴィゴ賞を受賞。ジャンヌ・モローの声が全編を包み込むこの作品は、彼の最も美しく、最も悲しい映画として知られる。その後も、デルフィーヌ・セイリング、サミー・フレイ、ジャンヌ・モローらを迎えた『Le Jardin qui bascule』(1974)、パトリック・ジョアネとの関係に終止符を打つ『夜のアトリエ』(1987)など、詩的かつきわめて個人的な作品を撮り続けた。1980年代末、病に倒れエイズを発症。1996年2月3日、57歳で逝去。生前はほとんど知られることがなかったが、2000年代以降、ラ・ロシェル映画祭やルサス映画祭、シネマテーク・フランセーズなどで回顧上映が相次ぎ、再評価の機運が高まった。