12月の PICK UP MOVIE !『ぼくらの居場所』“異文化が交じり合い 生きる力が生まれる”
異文化が交じり合い 生きる力が生まれる
カナダ最大の都市トロント。その東部にあるスカボローは、さまざまな人種や多様な文化背景を持つ人々が混住する地域だ。この映画の原作となった小説「スカボロー」を書いたのは、キャサリン・エルナンデス。彼女は10歳からここで暮らしたというが、自身がフィリピン、スペイン、中国、インドの血を引き、シングルマザーであり、またクィアであることを公表している。そんな彼女だから、ここに住む人々の心の襞を味わい深く描き出せたのかも知れない。
その原作者が映画化にあたって選んだ監督が、ドキュメンタリー作品で優れた実績のあるシャシャ・ナカイとリッチ・ウィリアムソンだ。原作者の鋭い観察眼を映画に生かすのに、ドキュメンタリーの手法が随所に使われている。キャスティングには時間をかけ、演技経験の浅い人たちを抜擢したというが、役者の生身の魅力を引き出す演出が見事だ。
舞台となっているスカボローの教育センターには、家庭環境や学習能力などさまざまな問題を抱えた子供たちが集まってくる。物語の中心になっているのは、フィリピン人の少年ビン、先住民族の血を引く少女シルヴィー、父からも母からもネグレクトされている白人の少女ローラだ。それぞれが家族のなかで深刻な問題を抱えている。けれど日常の何気ない描写が伝えてくるのは、子供なりに互いを観察し思いやるさま、そして親子間でも隣人とも、相手の心を探りつつ会話し行動するようすだ。
教育センターの責任者はインド系のヒナだ。彼女が口にする一言一言や静かな立ち居振る舞いが、そのままこの作品の風格となっている。ヒジャブを着けているのは何故かと子供に問われ、自分らしくいられるからとさり気なく答える。その一方で、無意識のうちに自己中心的になりがちな白人たちへの対処は、毅然としている。クリスマスキャロルを拒否して火星人の歌をうたう、ローラを亡くした悲しみを癒す儀式を先住民の女性に執り行ってもらう、これらは舞台をスカボローにしてこそ撮れたシーンだろう。
貧困で潰されそうなローラの父親、精一杯の重荷を背負っているシルヴィーの母親。そんな登場人物が多いこの作品を見て、心に温もりを感じるのはなぜだろう。生活習慣や文化が違う人々が集住すれば当然生じる軋轢や葛藤。けれどいざというときは、その違いが生かされて、思わぬ形で救いの手が差し伸べられる。そんな底力のあるコミュニティがすでに育ちつつある現実を、この作品が無言のうちに表現しているからではないか。
『ぼくらの居場所』
[2021年/カナダ/英語/スコープ/5.1ch/138分]G
監督:シャシャ・ナカイ、リッチ・ウィリアムソン
出演:リアム・ディアス、エッセンス・フォックス、アンナ・クレア・ベイテル 他
原題:Scarborough
配給・宣伝:カルチュアルライフ
© 2021 2647287 Ontario Inc. for Compy Films Inc.
田村志津枝
ノンフィクション作家。一方で大学時代から自主上映や映画制作などに関わってきた。1977年にファスビンダーやヴェンダースなどのニュー・ジャーマン・シネマを日本に初めて輸入、上映。1983年からホウ・シャオシェンやエドワード・ヤンなどの台湾ニューシネマ作品を日本に紹介し、その後の普及への道を開いた。
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12月の PICK UP MOVIE !『ぼくらの居場所』“異文化が交じり合い 生きる力が生まれる”
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『ぼくらの居場所』
