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11月の PICK UP MOVIE !『ハード・トゥルース 母の日に願うこと』“心に閉じ込めたのは どんな出来事だろう”

お知らせ

心に閉じ込めたのは どんな出来事だろう

 イギリスの巨匠マイク・リー監督は、家族をめぐる物語で、繊細な心の動きを味わい深く描いてきた。82歳になった彼が撮った本作は、私たちに何を語りかけるのだろうか。
 ロンドンにしては珍しく晴れ渡った空の下、閑静な住宅街の一角から物語は始まる。
 朝、悪夢にうなされて飛び起きたのはパンジーだ。彼女は起きるやいなや夫に、息子に、矢継ぎ早に文句を並べ立てる。パンジーの悪口雑言のはけ口は、家族にとどまらない。スーパーでも、家具店でも、行く先々で不満や非難を並べ立てる。診療所や歯医者に行っても同じありさまだ。いったいどうしたというのだろう。
 一方でパンジーの妹、美容師のシャンテルはいつも朗らかだ。2人の娘も、職場で理不尽な目に遭っても、不愉快さを紛らわすすべを知っている。
 シャンテルはパンジーを、母の墓参りに誘う。パンジーは渋々でかけたが、墓前でついに母親への恨みつらみが溢れ出す。そのあとの姉妹の家族がそろった食事会で、パンジーは感情を抑えきれず長い嗚咽をもらす。妹の家族はオロオロするばかりだが、パンジーの夫と息子は、いつものように沈黙を守る。この沈黙は、ただパンジーの怒りをやり過ごそうというのではなく、彼女の怒りにわずかであれ共感しているように感じられるが、どうだろう。とはいえパンジーは、心の底に閉じ込めた怒りを、容易には解放できない。
 そんなある日、夫が仕事の現場でケガをした。重いバスタブを運んでいて腰を傷め、動けなくなったのだ。果してパンジーは助けに来てくれるかと、またしても沈黙したまま夫は待ち続けるしかない。一方パンジーは、やはり沈黙のうちに、夫に手を差し伸べられるかどうかと自分の心を探っているようだ。
 終始一貫して美しい街並み、小奇麗な生活風景のなかで繰り広げられるこの物語。だがこれらはパンジーの夫のような苛酷な労働をする人々によって支えられている。ロンドンは非常に多種多様な人種の集まっている街だが、比率が増えたとはいえマイノリティである黒人の家族を描いて、普遍的な物語にした点にマイク・リー監督の力量を感じる。彼らが日々何を感じ、何を思って暮らしているのか。監督の眼差しは、私たちそれぞれが心の底にしまい込んでいる辛い真実にまで、まっすぐ届いてくるように感じられる。

『ハード・トゥルース 母の日に願うこと』
[2024年/イギリス/英語/シネスコ/5.1ch/97分]
監督・脚本:マイク・リー
出演:マリアンヌ・ジャン=バプティスト
原題:Hard Truths
提供:ニューセレクト
配給:スターキャットアルバトロス・フィルム
© Untitled 23 / Channel Four Television Corporation / Mediapro Cine S.L.U.

田村志津枝
ノンフィクション作家。一方で大学時代から自主上映や映画制作などに関わってきた。1977年にファスビンダーやヴェンダースなどのニュー・ジャーマン・シネマを日本に初めて輸入、上映。1983年からホウ・シャオシェンやエドワード・ヤンなどの台湾ニューシネマ作品を日本に紹介し、その後の普及への道を開いた。

▼こちらからPDFファイルをダウンロードして頂くことができます。
11月の PICK UP MOVIE !『ハード・トゥルース 母の日に願うこと』“心に閉じ込めたのは どんな出来事だろう”

▼本作について詳しくはこちらから
『ハード・トゥルース 母の日に願うこと』

© Untitled 23 / Channel Four Television Corporation / Mediapro Cine S.L.U.

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