10月の PICK UP MOVIE !『季節はこのまま』“ロックダウンの日々に 私たちは何を得たか”

ロックダウンの日々に 私たちは何を得たか
いまから5年前、2020年の春。新型コロナウイルスのパンデミックが始まり、世界中で人との接触や外出が規制されるようになった。
フランスでも同年3月には最初のロックダウン(外出制限)が実施された。この突然の事態に、ポールとエティエンヌの兄弟はパリを離れ、子供時代を過ごした家に引きこもることにした。のどかな美しい田舎町。住む人たちは変わったが風景は昔と同じで、くつろげる場所であるはずだった。
思えばパンデミック初期には、まだワクチンも治療薬もなかった。しかも日々死者数が発表され、底知れぬ不安を覚えた人も多かったはずだ。だがその後私たちは、世界のあちこちで次々に起きる難問に振り回され、パンデミックという大事件さえ忘れ去ろうとしている。そんないま、この作品のようにあの頃の日常をじっくりと思い起こすのも、大切なことかもしれない。
二人の兄弟にとっては、昔馴染んだ家で一緒に暮らす機会が思いがけなく訪れたというわけだ。兄のポールは映画監督、弟のエティエンヌは音楽ジャーナリストで、止まった時間のなかで今後の仕事の進め方を模索する日々だ。二人とも、まだ付き合いの浅い恋人を伴っていて、庭で四人で囲む食卓はとても楽し気だ。だが外出制限、ソーシャル・ディスタンス、マスク着用、手洗い励行、といったことが兄弟のあいだで諍いを生む。とは言えあの状況で、子供のケンカみたいな些末な言い合いを、誰が笑うことができよう。
だがある日ポールは気づく。自分は弟を知りすぎているが、同時に何も知らないのではないか。それは弟ばかりではない。両親と暮らしたこの家にいると、ことごとく父、母、そして祖父母まで思い出さずにはいられない。親密にもなれず、拒否もできず、和解もできなかった。自分のルーツであるはずの彼らの関心事や背負っていた文化も、いまは断片しか思い出せない。
ロックダウンは停滞だった。停滞はつまり無だ。そんな厳しい言葉が兄弟の口をついて出る。けれども二人ともが、強制されたロックダウンによって、恋人と一緒の時間をじっくりと過ごすことができた。そう、あれは楽しい時間だったとも言える。日常の生活や自然の変化のなかの、一瞬きらりと光るものに気づくことができたのも、世間からの隔絶がもたらしてくれたものだ。さて、私は、あなたは、どうだっただろう。
田村志津枝
ノンフィクション作家。一方で大学時代から自主上映や映画制作などに関わってきた。1977年にファスビンダーやヴェンダースなどのニュー・ジャーマン・シネマを日本に初めて輸入、上映。1983年からホウ・シャオシェンやエドワード・ヤンなどの台湾ニューシネマ作品を日本に紹介し、その後の普及への道を開いた。
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10月の PICK UP MOVIE !『季節はこのまま』“ロックダウンの日々に 私たちは何を得たか”
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『季節はこのまま』
©Carole Bethuel