9月の PICK UP MOVIE !『私たちが光と想うすべて』“運命を背負い 光を探し 前へと進む女性たち”

運命を背負い 光を探し 前へと進む女性たち
インド第二の大都会ムンバイ。多くの人が金を稼ぐために集まってくる。都会の喧騒にもまれ、理不尽な扱われ方に我慢する日々。20年以上暮らしてもここを故郷とは呼べない。いつ追い出されるとも限らぬ、無常を抱えて生きている。
裏通りの市場で働く下層労働者たち、人々が慌ただしく行き交う街並み、そして通勤電車や窓外に広がる夜景。簡潔につなげられる風景は、ここに暮らす人々の声まで聞こえそうなリアルさをたたえ、不思議な詩情を醸し出す。ドキュメンタリー作家でもあるカパーリヤー監督ならではの、魅力的な導入部だ。
そんな大都会に住み、病院で働く3人の女性が描かれる。プラバは、生真面目な中堅の看護師だ。彼女のルームメートの年若い看護師アヌは、陽気で遊び好きだ。食堂で働く年配のパルヴァディは、時にはプラバの相談相手にもなってくれる。
日々の仕事や、家事や、通勤のありさまなどを淡々と描きながら、その背後にある政治や因習などの社会問題が自然に浮び上がるのも、この作品の大きな美点だ。そのように語られるインド社会で暮らす人々の喜びや悲しみが、世界のあちこちで何らかのしがらみを背負って生きる人々に共感されるのだろう。
プラバは親が決めた相手と結婚したが、夫は仕事を求めてドイツに行き、ここ1年ほどは音沙汰がなくなってしまった。アヌはいま夢中になっている恋人がいるが、彼がイスラム教徒であるがゆえに、結婚は許されないだろうと皆が思っている。パルヴァディは、高層ビル建設のためにアパートの立ち退きを要求されている。彼女らは互いの抱える悩みをそれとなく知り、できることは手助けするが、あとは本人の決断を見守る。この抑制のきいた関係も観る者に静かな感動をもたらしてくれる。
パルヴァディは、立ち退き要求に対して争うことをあきらめ、故郷の海辺の村に帰ることを決めた。彼女の引っ越しを手伝うため、プラバとアヌは長旅に同行する。するとここで画面は突然陽光のさす自然の風景となる。夜景と雨ばかりだったムンバイの描写との鮮やかな対称が、効果的で意味深い。人生にとって光とは何だろうか。
ムンバイでは、人々は知らぬ間にさまざまなルールに縛られているのかも知れない。自分にとって自然と思える生き方を、果敢に選んでいく彼女らの姿が爽やかだ。
田村志津枝
ノンフィクション作家。一方で大学時代から自主上映や映画制作などに関わってきた。1977年にファスビンダーやヴェンダースなどのニュー・ジャーマン・シネマを日本に初めて輸入、上映。1983年からホウ・シャオシェンやエドワード・ヤンなどの台湾ニューシネマ作品を日本に紹介し、その後の普及への道を開いた。
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9月の PICK UP MOVIE !『私たちが光と想うすべて』“運命を背負い 光を探し 前へと進む女性たち”
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『私たちが光と想うすべて』
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